嗚呼…何故など、問うても答えるのは只、残酷な。
朱い。と、光秀はただそれだけを思った。
比叡が焼ける。それは壮観にして、この世の全ての絶望を見せる様にも見えるが、一方で希望を形採るようにも感じられた。その朱の凄まじさは信長様の天下布武の意志、また今回の信長包囲網と称された、己を倒さんとする者共への怒りと比例するようだ。
光秀はその凄まじい朱に心を奪われ、食い入るように見つめた。そして感じた。あの炎自体が信長様のようだと。
そこで我にかえった光秀はようやく小姓に声をかけられていることに気がついた。すみません、少し考え事をしていたせいで気がつきませんでした。そういうと小姓が信長様が撤退の打ち合わせをしたいとおっしゃってますので私はお伝えに来た次第でございます。といった。
私はそれを聞いて、わかりました。ありがとう。信長様のところへは、一人で行きます。
そういって、炎に背を向けた。
耳元で木樹枝々が焼ける音がする。そんな気がした。