あのときから感情を押し殺すのに必死だった。

罠にかかったという屈辱。あの時止めていればという後悔の念。それに驚きと不安と。
(怒ってなどいない)
(苦しくもない)
政宗は、心のなかに思いを浮かべては斬っていく。
(今は悩んでる時分じゃねぇ…)
月明かりの下で座禅を組む。
それはさまざまな昔を思い起こそうとしていたが、政宗はそれも斬って捨てた。と同時に、頭のなかで何かが弾けたような気もした。
政宗は左目をゆっくりと開眼した。
決して鋭くはない、儚げな目。

ゆらりと、影が動いた。





それらを、小十郎はひっそりと見ていた。
主が母君に命を狙われたときも、その処遇をどうするべきか迷ったときも。
そして今回の父上のことも。

先回りをしては彼のためにならないと、いつも相談されるまでは黙っているのが常である。
小十郎には政宗がどうなるのかわかっていた。
それは、長年近くで彼を見ていたからでもあるし、小十郎のもつ勘のようなものであった。
ひとつ、ふたつ…彼は転がり落ちるのと引き換えに、確実に何かをつかんでいた。
そして、落ちたものを押し上げるのもまた、小十郎の役目であった。

「小十郎」

呼びかけられると同時にふすまが開いた。

「どうなさいましたか?」
「弔い合戦だ、畠山を攻める」

言下に返す。
その声に迷いはない。月を背負い、うつむきかげんに立っているからか、表情はここからは分からない。
やはり…。小十郎の想像は確信に変わった。
立ち上がり、颯爽と主の下へ歩み寄る。

「政宗さま、あまりご無理をなさいますな」

その言葉と同時に、小十郎は政宗を抱きしめた。

「なんのことだ」

政宗は淡々としている。

「ha、止めても無駄だぜ、小十郎」

(強がらないで、欲しい)

だけどきっとそれは無理な願い。

独眼竜は、天に昇り続けなくてはならない。弱さを、付け入る隙を、与えてはいけない。
叩かれれば、倍の力でひねり潰す。それは決して、己の派手好きからのみ来ているのではない。
舐められたくない。年若いからと、そんなことを理由にして対等に渡り合えないのはいやだ。

そんな思いが、政宗の中で渦巻いているのであろう。
小十郎の手に力が入る。
それが当然だと思っていたが担ぎあげた自分にも責任はあるのだ。
きっと無言の重圧となって、主を知らず知らずのうちに追い詰めていたのだろう。

(政宗さまも、気付かないうちに…)

小十郎は、左手を政宗の頭の上に置いた。
そして撫で下ろすように優しく動かす。

(嗚呼、もどかしい)