私と光秀様が再会したのは、桜の咲く季節だった。
「蘭丸じゃないですか」
この時期のような温かさを持つ声に、驚きが浮かぶ。
振り向けばそこに懐しい声の主が居た。
「光秀様…?」
私も驚いた。何年ぶりだろうか。斎藤家のあの争いからか、もっと前か。どちらにしても、非常に幼いころの私しか見ていない光秀様が、私を覚えていてくれたことが非常に嬉しかった。
ましてや、こんなに早く会えるなんて。
「蘭丸にはそのうち会いに行こうと思っていたのですよ」信長様に、蘭丸が早く織田軍に慣れるように、色々と教えてやって欲しいと言われましてね。と続けると、ありがとうございます。と返す。心臓が早くなるのが分る。素っ気無いが、今は嬉しさで胸が一杯で、それ以外の返答を準備できる程の余裕は無かった。
二人は縁側に座って話をしている。この様な時代に、偶然にも昔からの知合いに味方通しであう難しさを知っているから、感動もひとしおだった。話に花が咲く。
しかしそんな時間も長くは続かないのが世の常で。あっという間に夕刻を駆抜けようと、空が朱に染まる。光秀様は約束があるから、と挨拶をした。
「今度、会いに行ってもいいですか?」
私は勇気をだして聞く。光秀様はもちろんだと笑顔で答える。それでは、また。その言葉を合図に、光秀は背を向けて歩きだす。
――――何故、信長様は光秀様を私に差向けたかなんて分かっている。
行ってしまう…光秀様が…。
この後の約束など知れている。
「光秀様は……」
光秀は思わず振り返る。けれど蘭丸はその先を言うのをためらい、なんでもありません。と、答えるだけだ。
「すみませんでした…また、お話ししましょう。」
あのひとが何処へ行くかなんて分かっている。私にあのひとを差向けたのだって、忠誠心を試されているのだ。なんて、汚い。そんな大人がいるから、子供は悲壮感に墜ちて狂いだすんですよ、なんて言えたら、どれ程、楽か。
光秀様を汚さないで。なんであのひとなのか。なんでそんな、売女みたいな真似事を。
そんなに立身出世が大切なのか。それとも溺れているのか。答なんて考えたって出てきやしないと理解しているが付いて行かない。思考回路を支配する其は数日前の姿。
私は昔の光秀様を覚えてはいない。否、正確には忘れてしまった。
目を瞑り、思い出せるのは闇の中、主の下で啼き喘ぐあのひとの姿だけだった。