煌びやかな夜の世界。
それをうらやましいと思ったことは無かった光秀が、その世界に片足を入れてしまったのは不思議といえば不思議だった。
仕事はそんなに大変だと思ったことはない。
あえてあげれば夜だから睡魔に襲われること。それと女の怖さを知ることくらいだった。
ここは東京の歓楽街。
昼間も賑やかだが、夜はそれとは変わった色を醸しだす。
光秀は、いわゆる大人の社交場、クラブで働いていた。
とはいえ、自分の仕事はアルコールやつまみを運ぶこと。
高級クラブというわけでもなかったので、普通の飲食店での接客レベルで十分であったし客とほとんど接することはない。
夜なので生活リズムは狂いがちではあったが、その分時給もいい。いう事なしだった。
―――――カランカラン…
ドアの開く音がする。
よくあるビジネスマングループの客であったが、光秀はその中の一人に目を奪われた。
品のいいデザインのスーツ。もちろんウールの質もグループの中でも一番いいのが分かる。
顔もりりしく体つきも男らしいため、そのスーツを立派に着こなしていた。
後について入ってきた客であったが、光秀の脳裏に深い印象を与えた。
「いらっしゃいませ、4名様ですね。お席にご案内いたします。」
先頭切って入ってきた男は、注文をとると、女の子はこちらがお願いしてからでいいから…と言った。
多分商談がメインなのだろう。光秀はかしこまりました、と返した。
どれほどの時間が経っただろうか。
閉店まであと二時間。終電もそろそろと近づいてきた。
客足も帰路へつき始める。
店も段々と透いてくるので、光秀の仕事もぽつぽつと空き始めた客席の片付けに区切りがついたら終わりだった。
「すまないが、君…。」
何でございましょう?振り向くと、そこに先ほど深い印象を持った男がいた。
「お手洗いはどちらになる?」
「ご案内いたします。」
光秀は片付けの手を止め、案内をした。
少し入り組んだところにある其処まで案内をすると、男はありがとう。と低い、しかし澄んだ声で答えた。
「ところで、君。名前はなんと言う?」
光秀は驚いた。ここで仕事をしていて自分の名前を客に尋ねられる事など、今までなかったからである。
「あ…明智光秀と申します。」
それを聞いて男はスーツから名刺を取り出し、裏にペンでさらさらと何かを書いている。
その姿も、なんだか様になっている。と光秀は思った。
男はそれを書き終えると、光秀に渡した。
「光秀君、裏に電話番号とメールアドレスを書いた。よかったら連絡してくれたまえ。」
確かに其処には携帯の番号とメールアドレスが記してあった。
(なんで俺に…?!)
光秀には全く訳が分からなかった。
それを察したのか、男がふわりと耳元に近づいて言った。
「私の席についている女性よりも君のほうが美しい。」
男からは、爽やかなコロンが香った。